私の好きな池波作品

泥 亀(鬼平犯科帳より) 兇 賊(鬼平犯科帳より) 弓の源八 ≫≫ 池波 top ≫≫


弓の源八
出版時期 確認中
話の粗筋  出雲の国・松江藩の家臣、子松源八は両親も無く、兄と伴にに暮らしながら、ただひたすら弓の道に励んでいた。 その兄が「棚橋くずれ(汚職事件)」に関与して捕縛・投獄され、源八はかろうじて片田舎に住むことを許された。 彼はあばら家に引きこもり姿を見せない。村人が覗くと、源八は食もとらずに死んだように討伏し倒れていた。兄が汚職に関与したことを恥じ、思いつめ、飯さえ取れなかったのである。 気の毒がった村人が小屋の前に食べ物を置いておくと、代金を払うために必死懸命の顔つきで村の各家を回り歩き、必ず代金を渡すのが常であった。 「腹が空いたら畑のものを遠慮しないで採っていい」 という村人の申出で、いくらかのものを採って食べたがその時にも必ず代金を置いていった。 「・・・妙なお人よ」「・・・あれでは体がまいってしまう。」・・・

一年後の夏の夜更け・・・。 彼の小屋の中にある人影が忍び込んだ。村の寡女であった。 この夜を境に源八の生活が徐々に変わっていく。村の女、おりつは月に二度か三度忍んでくるのだが、そのおりつが源八を訪ねる条件が「弓を引くこと」であった。弓を引くには体力が必要である。物を食べる、食べて弓矢の手入れをする。気持ちに張りが出る。源八の双眸に再び輝きが戻ってきた。 更に、おりつに言われ、少しでも村への恩返しとして、源八は夜更けに村の見回りを始めた。そうして、何度か村を狙った盗賊を捕らえるのである。 こうして約九年の間、源八は村への奉仕を続けていく。

 ある年の五月、藩主交代に伴う恩赦により、源八は松平家の復帰が叶ったため、村人の祝福を受けつつ城下へ戻っていった。その代わり、おりつはめっきりと老い込んだ・・・。
 秋になったある日、源八が裃姿で空駕籠を従え村へやってきた。 さわぎたてる村人の中を源八はおりつの家へまっすぐ向かった。 
「おりつ、ひさしぶりだな。」
「村へ、何をしに・・・?」
「おまえを迎えにきた。妻として。」
あ然たるおりつを駕籠に乗せ、村人へ手を振りながら城下へ向かったのである。
 源八とおりつの夫婦は一時城下のうわさの種にされたが、それも何時の間にか消えていった。

 ある日、源八は酒器を買いに町の商店へ出かけた。
「これを買う。瑕はないか?」
「ござりませぬとも・・・」
家に戻って、おりつが酒器を調べると、はたして小さな瑕がついていた。 源八は店へ戻り、
「だましたな」
と叱りつけた。 店のものは瑕があるのを承知であったのだ。
「済みませぬ。お代をお返しします」
すると、源八は
「いらぬ。おれはだまされるのが厭で盃を返す。金が惜しいのではない。 お前は金ほしさに客をだました。いまはおれもだまされずにすんだし、 お前も金を得たのだから、双方とものぞみどおりになった」
そう言うとさっさと帰宅し、りつにこのことを知らせた。するとりつは
「それはよろしゅうございました。」
・・・
万事がこのようであったらしい。

 やがて三十年余を経て、源八は、松平家にその人有りといわれる人物になっており、源八の家へ奉公した女ならば、先をあらそって嫁に迎えたいと 言われるようになり、一時は二十余人の女たちが無給で奉公していたというほどである。
 こうして、夫婦はひっそりと暮らしていったのである・・・。

 この話は「xxシリーズ」と言うような話ではありませんが、私の大好きな作品つです。 私の文章ではその良さは全く伝わりません。読んで頂かなくてはだめです。 切り合いも出てきません。ごく目立たない、でも少し変わった武士の夫婦の話です。でも、私はこんな人物が好きです。今の世の中では考えられないからでしょう。
 ただ一つ残念なのはこの夫婦のエピソードを、池波さんは他に幾つも知っていたらしいのです。きっともう少し長い作品にしたかったのかもしれません。 それを是非とも読みたかった。

(00.03.11)



泥         亀
出版時期 鬼平犯科帳(文庫番号九、昭和四十七年 十一月)
話の粗筋  芝・三田寺町魚藍観音堂前の茶店の亭主・七蔵は元盗賊である。 今も昔も、肥えた体躯に愛らしいほど小さな手足が付き、 剃りあげた小さな頭は脳天がとがっている。 そのために付いた渾名は「泥亀」、つまりスッポンである。 「今も昔も渾名は変わらねえ・・・」
 そんな七蔵は今、幸せである。盗賊の世界から引退してから、お徳という女房をもらった。そのお徳が茶店を懸命に切りまわしている。 女房の母親・おきねも丈夫で良く働いてくれる。 お天道様の下で大手を振って暮らしていける。元盗賊にこれ以上の幸せな日々はないだろう。 それもこれも、二十年もの間、七蔵のお頭であり, 「持病が苦しいであろうから」と引退を勧めてくれた牛尾の太兵衛のおかげであった。

 話の導入は何の変哲も無い,当時の庶民の平和な暮らし振りが書かれています。 元盗賊には何よりかけがいの無い平和な生活。 これも元お頭の太兵衛のおかげ・・・。

そんな七蔵はある日,関沢の乙吉という盗賊に出会った。彼の話によると、大恩ある太兵衛はすでに亡くなり, 子分たちは全て散り、 残されたのは太兵衛の女房と盲目の娘だけであり, その二人も行方が知れないというである。「足を洗ったからには、 たとえ道で出会っても知らぬ顔で通すのだ・・・」 親分の言葉に甘え、様子を知ろうともしなかったおのれが悔やまれる。「なんとしてでもおれが・・・」

話が動き始めます。持病を持ち現役の盗賊時代にもたいした活躍のできなかった七蔵が、 大恩ある人のために決意します。 もう一方でも話が展開していきます。 やはり、関沢の乙吉からの動きです。

七蔵と別れた乙吉が出会ったのは、密偵・伊三次である。小房の粂八の船宿に連れ込み、平蔵の元へ指示を仰ぎに向かう。 腕っ節の強い乙吉の捕縛に選ばれたのは同心・木村忠吾である。平蔵は忠吾とともに乙吉の捕縛に向かう。 流石に名うての盗賊である乙吉は忠伍や伊三次、粂八の手を逃れたかに見えたが、今一歩のところで長谷川平蔵に捕らえられたのである。

乙吉の捕縛に向かう忠吾の緊張が面白い。また、乙吉もさほど悪人には描かれず、 娑婆に戻ったら密偵に・・・というような感じで書かれています。 さて、乙吉の証言で、七蔵の見張りが始まります。

  七蔵は今日も街中を歩き回っていた。 押し込む先を探していたのである。 「お頭の亡くなったおかみさんはきっと金が必要だ」そのために自分でもやれる町屋を物色しているのである。七蔵の歩みが遅い。 七蔵の持病が悪化しているのだ。持病は痔である。伊皿子台の中村景伯先生に治療を受けに行くと称しての出歩きである。
「ありゃー、ろくなお盗めをしてはいませんぜ。いいとこ田舎盗人宿の番人でさ」平蔵の前で七蔵を散々こき下ろしているのは相模の彦十である。 七蔵の後をつけ、押し込み先を物色しているのを見抜いている。平蔵は伊三次に金五十両を持たせ七蔵へ届けさせた。 金を渡された七蔵が動き出すことにより,昔の盗賊共の姿が見えるかもしれないと読んでのことであろう。
 涙を流して喜んだ七蔵は勇躍、 三河の御油へ向かった。はたして、頭のおかみさん親子は義理の妹の元で下女同様に扱われていた。七蔵は喜んだり怒ったり,悲しんだりしたが、 すぐさま立ち働き、御油の宿で売りに出ていた荒物屋の店を買い取り、母娘に買い与えた。そうして,江戸へ戻ってきたのである。

話の粗筋として書いてしまいますと、こんな風にしか書けませんが、 実際にはもっと繊細な登場人物の心の動きが書きこまれています。とくに、七蔵に金を届けた伊三次と受け取って涙する七蔵の会話情景は、 実際に読んでみないと分からないと良さがあります。

「そうか、何にも出なかったか。やれやれ五十両丸損になってしまったか。 もっともあれは乙吉の盗み金だがな。」
「御油の町役人へ申し伝えれば・・・」との沢田同心の声に。
「そりゃ、取り戻すことはわけもない。 ないが、しかし・・・そうなると、せっかく荒物屋の店を持てた母と盲目の娘が、またしても、浮世の荒波にもまれつくさねばならぬ」
「は・・・?」

 これが長谷川平蔵です。

平蔵の指示で品川へ戻りついた七蔵が捕らえられた。  その日はちらちらと雪が振り出し、底冷えのする日であった。平蔵自ら、白州の七蔵の取調べを行った。正直に全てを話した七蔵に、平蔵が
「以前の盗人宿を申し立てるか。牛尾一味の召し取りに力を貸すなら母娘のことは忘れてやろう。早く尻の病を直しておけ。魚藍観音の茶店へ帰り、 あたたかくしてねむれ。」
「げえっ・・・」 

七蔵にしてみれば、捕らえられ始めて顔を見た平蔵が、 茶店のことも知っている、痔の病があることも知っている、これは驚き以外の何物でもない。 さらに、大恩あるお頭のおかみさん母娘もそのままにしておいてくれるというのだ。七蔵の感激は如何程のものであろうか。
次の一言でこの一話は終わるのだが、読者にかすかな笑みを残すさわやかな終了となる。

同心たちにかこまれ、 表門の方へ泣き泣き去りかける泥亀の七蔵へ、平蔵が声をかけた。
「七蔵、待て」
「は、はい・・・」
「伊皿子台町の中村景仙先生へ、よろしくな」
「げえっ・・・」

(99.10.19)

 


兇         賊
出版時期  鬼平犯科帳(文庫番号五、昭和四十五年 十一月)
話の導入  鷺原の九平は「ひとりばたらきの」老盗賊である。何処のお頭の下にもつかず、仲間も持たない。 誰に気兼ねも要らない、捕まれば一人仕置きになるだけ、気楽ではある。が、孤独で寂しいものである、特に年をとると。

 その九平が四十年ぶりに故郷へ帰ってきた。何の目的があったのでもない。ただ、「死ぬ前に一度だけ故郷を見ておきてえ」、その想いだけである。盗賊に落ち込んだ自分に対しても、故郷は変わりなく、美しい姿のままでいてくれた。自分の胸の中にもう一度仕舞い込んでもう満足である、これでいつでも死ねる。

話の導入のし方が好きです。巧みです。 ここまで読んだだけで、われわれ読者は老盗の心のうちへ引き込まれます。老いを迎えた孤独な盗賊の姿がはっきり目に浮かんできます。

 その帰り道に体調を狂わした九平は地蔵堂で身を休めていたが、通りかかりの男たちの声が耳に入る。「・・・江戸で、鬼平の血を見なきゃおさまらねえ・・・」 一人働きの九平でも鬼平の名は知っている。「なんて、悪党だ」九平は彼らの顔をしっかり目に焼き付ける。

話は動きます。しかも、鬼平の血を見るという、急激な話の展開です。読者は早くこいつらの正体を知りたいが。

話の導入 2 しかし、作者池波正太郎はいきなり鬼平と盗賊の戦いの場面へは話を進めません。私たち読者は、まだ、お預けを食います。でも、このお預けが、また大変味のあるものなのです。

話は江戸に戻った九平の店で展開します。芋酒・加賀屋が九平の表向きの顔なのです。名物は「芋酒」と「芋膾」。

ここで、池波ファンにはお馴染みの「芋酒」が登場して、思わずうれしくなった人も多いでしょう。

 秋の或夜、めずらしく客足が途絶えた寂しい時分に「おやじ、熱い酒(の)をたのむ」ふらりと入ってきた中年の侍があった。長谷川平蔵である。九平の料理に感心し金一分を渡し、つりは「いらねえよ」・・・。

 そこには入ってきた夜鷹との会話。
 「・・・、ごめんなさいよ」と言った夜鷹は四十に近いとしである。その夜鷹に、何のこだわりもなく 「おそくまで、たいへんだな」と声をかけ、「おやじ。この女に酒を・・・おれがおごりだ」と平蔵。

 「だからよ、躰があったまるまで、ゆるりとのんで行きな」 夜鷹の 「人なみにあつかってくれるからさ」に、「人なみって、人ではねえか。お前もおれも、このおやじも・・・・」

 夜鷹が先に出て行くとき、「はなし相手になってくれて、おもしろく時がすごせた。ありがとうよ」 と紙へ包んだ金をわたしてやった。

「いいことをしておやんなさいました」という九平に、平蔵はこともなげに 「当たり前のことさ。あの女は、おれの相手をしてくれたのだ」 といった。

どうですか、この平蔵の人間的な魅力のあらわし方は。 長谷川平蔵のこの優しさが私にはとても嬉しいのです。悪に対する剛の部分、弱いものへ対する優の部分、これが平蔵の魅力の第一ではないでしょうか。この話は、特にそのところが巧みに、魅力的に表現されています。(個人的に、ここの文章が本当に好きです) 

話の進展 平蔵が九平の店を出た。戸を閉めた九平の耳に、刃と刃が打ち合うすさまじい音が聞こえた。 さらに、夜道の中から、ひたひたと足音が近づいてくる。

「さすがは、鬼の平蔵だ・・・・」「・・・なんとしても、鬼平にあの世へいってもらうと、お頭もいって・・・・」 この二人の声は故郷へ帰ったときに地蔵堂で聞いたあの声である。

 様子を身に行ったた九平の目に、さっきまで店にいた「あの好きな浪人さん」の姿があった。 瞠目する九平。 思わず、清水門外の役宅へ帰る平蔵の後をつけてみた。そうせずにはいられなかったのである。

さ、そこでだ。 潜門のところへ来た平蔵がうしろを振り向き、濠端にしゃがみこんでいた九平のほうを向いて 「おやじ。御苦労」と、大きく、声をかけてよこした。
 九平はぞっとした、しばらくそこを動けず、這うようにして逃げにかかった・・・・・。

ここで、話が大きく動き始めます。 平蔵を暗殺しようとした者が登場します。 彼らは九平が聞いたあの声の主です。話が、一斉に動こうとしています。
 そんな中で、九平の関わりが面白くかかれていきます。 平蔵の後をつけ、「御苦労」とやられた面白さ。逆に、いきなり九平を捕まえたりせず声をかける平蔵の余裕の行動。 二人には掛け合いのような面白さがあります。
 平蔵を襲った盗賊は、まだ何者かを書いていないだけにこれからの展開が楽しみになります。

前半以上(99.09.08)

網切の甚五郎

平蔵の後をつけた翌日から、九平の姿が消えた。
平蔵は自分に何か興味(おもしろみ)を覚えて後をつけてきた九平を探しているが見つからない。自分を襲った賊は誰なのか。九平はなぜ自分の跡をつけて来たのか。
「あのおやじは、おれに関係(かかわりあい)のある何事かを、知っているにちがいない」

江戸市中を兇賊が暗躍し始めている。連続三件の押しこみである。「網切の甚五郎・・・」、平蔵の脳裏に彼の名前が浮かんだ。

 その頃、九平は盗人仲間の吉右衛門宅に潜んでいた。一人ばたらきとはいえ、九平も盗人である。あの夜、「おやじ。御苦労」とやられたのでは驚かざるを得ない。逃げるが勝ちである。
 が、どうも気になるのである、平蔵のことが。 「なるほど、平蔵さまとはああしたお人だったのか・・・盗人から見ればまさに鬼であろうがよ。あのときの夜鷹のおもんへのあつかいはといい、つけたおれを見つけていながらそ知らぬかおで御屋敷の前まで・・・・そして、おやじ御苦労、ときたもんだ。いやはやどうして、たいしたお人さ」 九平は盗人の身も忘れ、すっかり惚れこんでしまったようだ。

 無理もない、無理もない、私もそこに惚れこんだのだから、と思うのは皆さんもご同様ではありませんか? 隠れて居ながら、平蔵にほれ込む九平の気持ちが無理なくりかいできます。

その九平があいつを見つけます。

吉右衛門の店で酒を飲んでいる三人づれ一人の横顔は、あの地蔵堂でしっかり覚えたあいつらのうちの一人に間違い無い。自分の芋酒屋の前で囁いていた一人でもある。その男が店を出ると九平は後をつけていった。そして彼らの盗人宿を見つけ出したのである。翌日から九平はその盗人宿を見張り始め、盗人どもが料亭{大村」に出入りしていることを知る。その大村から出ていた立派な侍が火付盗賊改方の屋敷へ出入りするのも確認したのである。

 話しの展開のキーはやはり九平が握っていました。九平が盗人でありながら、平蔵の暗殺を企む盗賊一味の後をつけまわし、まるで密偵のようなことをするのも、今までの話の流れで、平蔵の人柄とそれに惚れこんだ九平の気持ちが十分に納得できる形で書かれていますので、読者にはすんなりと理解できるところであります。

(どうも、わからねえ)見張りに疲れた九平は空腹に耐えかね、{しゃも鍋}の店に入った。そう、「五鉄」である。酒を飲み軍鶏をつつきながら、「なんでえ、ばかばかしい。いかに長谷川さまを好きになっても、火盗改めと盗人じゃあ、どうにもむすびつきゃしねえ・・・」

 夢から覚めたような九平である。一抹の寂しさがあるのであろう。
 そんな九平を一目見て、はっと気がついた男がいた。密偵の伊三次である。 すぐさま、九平に当身をあて、役宅へ急行する。

役宅へ着いた時、平蔵は外出していた。
「どこへでございます。」「向島の大村へ出かけられた」
九平が見張っていた大村である。「こうなったらやぶれかぶれだ。」と、九平。「ゆっくりはしておられませんぜ。長谷川さまは、大村へおいでなすった・・・。こいつは大変なことになりそうな気がいたしやす」

 平蔵は監物何某の他の見事を聞くために、大村へ呼び出されていた。座敷に入って相手を見ると、それは武士ではない。「土壇場の勘兵衛の息子。そして、いまはな、網切の甚五郎だ」 名乗った男が闇に消えたとき、数条の矢が鬼平を襲った。兼光の小刀を持ち迎え撃った平蔵であるが、多勢に無勢である。甚五郎は入念に計画をしていた。 (もう、いかぬ。 こいつにだけは負けたくなかった・・・)
 このとき、何か異様な物音が聞こえた。怒号と悲鳴が庭の彼方で起こった。九平の自白により、七名の盗賊改め方が駆けつけ、網切一味の背後から猛然と切り込んだのであった・・・。

網切の甚五郎の最後 倶利伽羅峠の地蔵堂を行く三人の旅人があった。平蔵が襲われてから半月のとのことである。網切の甚五郎である。「いま一息のところだったなあ」「あの晩どうして火付け盗賊改め方が駆けつけてきやがったのか」「そうさ。それも七人ばかりで。おれにもわからねえ」

甚五郎はまたしても鬼平たちの追撃をかわして逃げ去ってしますのか。いや、今度は逃がさない。場所はあの九平が、最初に一味の計画の声を偶然に聞いた、あの地蔵堂の前である。

「いま、わからせてやる」凛然たる声がかかった。「だれだ?」「長谷川平蔵さ」 平蔵に酒井、竹内、沢田の三同心、そして九平である。
 甚五郎は、「てめえが手にかけた人びとのうらみをおもい知れ」という平蔵の剣の前に倒れ伏した。

 残党を引き連れ引き上げていく平蔵は、九平に向かい
「おどろいたか」
「だからよ。もう盗みはやめることさ」
「江戸へ帰ったら、お前の芋酒を飲みに行くよ」
「おやじ」
「へ・・・?」
「御苦労だった。 いや、まことに御苦労だったなあ・・・」

さて、皆さんへこの一遍の良さがうまく伝えられたでしょうか。平蔵と九平、平蔵と夜鷹、平蔵と甚五郎。三者三様の相手に見せた平蔵の心持の妙を感じていただけましたでしょうか。ぜひ、実際の話を読んでいただいて、私の言いたいところを確認していただけたらと思います。

後半以上(99.09.12)